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人物探訪

影沢礼子さん(甲斐大泉駅駅長)

甲斐大泉駅がさわやかな感じの「婦人駅長の駅」となったのは1971年。今回紹介する影沢さんは平成16年にお母さんから駅長を引き継いだ。
八ヶ岳の自然が大好きという彼女は時刻表が好きという鉄道ファンでもある。






大泉の自然が大好き


春は新緑に輝く木々、夏は高原のさわやかな風、秋は真っ青な空に透明な空気、冬はキラキラ輝く雪景色。小海線の車窓から自然を手に取るように楽しめる。
山梨県小淵沢と長野県小諸とを結ぶ小海線は八ヶ岳の山麓を走る総延長78.9kmの高原鉄道。標高1000mを超える駅が8ヶ所あり最高地点の野辺山駅は1375m。甲斐大泉駅の標高は1158mで野辺山、清里駅についで全国で3番目に高い駅。
小海線は1922年(大正11年)に小淵沢〜甲斐小泉の工事に着工、全線が開通したのは1935年(昭和10年)のこと。北は佐久鉄道、信越線を通じて日本海に達し、南は中央線、富士身延鉄道を通じて太平洋に達する。
戦前、戦中は資材の貨車輸送が主力だったが戦後は開拓者や村の人たちの交通手段として活躍。しかし1970年代に入り「マイカー時代」が到来。輸送も鉄道からトラック、バスに変わっていった。1970年(昭和45年)旧国鉄の合理化により甲斐大泉駅は停留所に格下げ、無人駅となった。

一方、清里周辺を訪れる観光客が年々増加、旧大泉村は‘71年に簡易委託駅として、村役場の職員が窓口業務を引き受けることにした。翌年にはこれを民間に委託し、さわやかな感じの「婦人駅長の駅」として今日まで続いてきている。 平成16年6月に甲斐大泉駅の婦人駅長になられた影沢礼子(かげさわれいこ)さんは二十数年前に家族と一緒に大泉に移住された。
「星が降るようで、湧水も多く、自然のままの大泉が好きで横浜から移住する以前から家族で訪ねてきていました。縁があって母がここの駅長を務めそれを引き継いだというわけです。母の前の方は「イリエさん」と聞いています。 大泉の手付かずの自然や環境が大好きです。小海線で訪ねてこられる方にもそんな自然が気に入っておられる方が多いようです。東京の新宿から電車では最短で2時間22分で来られます。こんな手近なところに自然がいっぱいあることをもっと知ってほしいですね。八ヶ岳の山麓は四季折々の顔が楽しめ、山麓に住む人々は自然に詳しく人にも優しく、学ぶことがいっぱいです」

空にもっとも近い線路


小海線の開発段階では中央線との接続を小淵沢駅にするか富士見駅にするかでいろいろ問題があったようだ。用地の買収や工事の難易度、登坂の傾斜などを検討のすえ小淵沢に決定されたようだ。小淵沢駅を出てすぐの大きなカーブは美しく、鉄道ファンにとって絶好の撮影ポイントになっている。
「小淵沢駅を出た列車はぐんぐん登っていきます。野辺山駅までは各駅区間それぞれ100mほど登っていきます。ジェットコースターに乗っているようで何度乗ってもドキドキします。小海線は最高地点1位の野辺山駅から9位までを独占する高原鉄道ですが、私は空にもっとも近い線路だと思っています。 また、小淵沢を出発して甲斐小泉、大泉そして清里、野辺山と続く木々の間のぼり坂は、まるで緑のトンネルのなかを走っているようでワクワクします。小海線の各駅舎はどれもマッチ箱のように小さくてかわいい。こんな風景も好きです」
小海線沿線の市町村は「小海線を守る住民の会」を設立して、統一的な継続運動を推進している。小淵沢、長坂、高根、大泉の4か町村は、高原鉄道の利便性を広めるとともに地域の文化や観光など産業経済に深くかかわる小海線の必要性を強く訴えている。燃料代の高騰など昨今の経済状態を考えれば、鉄道や列車での旅の楽しさ味わってみるのもいい。
「甲斐大泉駅の駅長になって4年ちょっとですが、小海線を利用される方々の顔は優しいですね。委託業務の主なものは、切符の発売など窓口業務のほかに駅舎周辺の清掃と案内となっています。勤務時間は朝9時から夕方5時まで。私は時刻表を見るのが好きで、見ていると旅をしているような気分になるのです。旅行の相談を受けるとまるで自分のことのように楽しんでいます。 八ヶ岳山麓の自然も大好きですが、縄文時代から始まる大泉の歴史探訪も魅力的です。訪ねたいところ知りたいことがいっぱいあります。ここの駅舎は数年前に改築されましたが、奥の部屋は古いままで歴史を感じています。事務所内にある木製のベンチは古くてしっかりしたもので、肘掛には蒸気機関車の動輪が透かし彫りされているなど気に入っています」

駅は町の玄関口


 旅人にとって駅はその町や村の玄関口であり顔である。その様子にホッとしたり疲れをいやされたり、期待にわくわくすることもあるだろう。
「ここでの最大のおもてなしは自然の美しさだと思っています。駅には4〜5本の花桃の木があります。春には紅色の濃い花をいっぱい咲かせ鮮やかです。新緑は輝き、5月の連休は日々刻々と変化する自然を見逃さないため、ここを離れられない人もいるようです。夏は山野草が目を楽しませ、高原のさわやかな風はなによりのもてなし。秋はどこまでも高く抜けるような青空に筋雲。晩秋にはカラマツの林が夕日に黄金色に輝いてとてもきれいです。冬の寒さは厳しいけれど、そんな時に見られるダイヤモンドダストのきらめきは寒さを忘れてしまうほど美しいですね」
駅舎に隣接して小さな公園がある。中央の大きな火山岩のまわりの草地は手入れが行き届き、ベンチで休む旅行者をときどき見かける。花壇には数種類のミント系の草花が植えられている。待合室には時刻表や駅周辺の案内のほかに小海線の全駅舎の写真やSL時代のC56機関車のことなどが書かれた手作りの案内が展示されている。古くはこの待合室を「ひまつぶしコーナー」といってマンガや雑誌などが置かれていた。
「駅周辺の自然も八ヶ岳山麓の美しさと思って手入れしています。ミント系の香りは人に優しく、可憐な花が好きです。ホームのまわりにはひまわりに似たルドベキアの花をもっと増やそうと思っています。小海線の駅舎はどれも小さくてかわいい。それを見て欲しくて撮ってきたのです。できれば四季折々の風景のなかの駅舎が紹介できればと思っているのですが……。駅の利用者に喜んでいただけるのがうれしいですね。これからも一期一会を大切に、多くの人に喜んでいただけるような甲斐大泉駅にしていきたいと思っています」
影沢さんに話を伺ったのは夏のシーズンが去った9月上旬。駅周辺にはコスモスやルドベキアの花が秋の到来をつげていた。影沢さんの話には「キハ110系」や「オリエント急行」での旅の話など鉄道マニアを思わせるところがあった。列車の旅が好き、大泉の自然が大好きとお母さんから引き継いだ駅長の仕事にいきいきと取り組んでいる。その様子にさわやかな感じの「婦人駅長の駅」の存在理由を教えられた気がする。

影沢礼子(かげさわれいこ)さん


 平成16年6月にお母さんから甲斐大泉駅の駅長を引き継ぐ。横浜から大泉に家族で移住されたのは二十数年前。自然が好き、列車の旅が好きという。
2013/03/24(Sun) 01:59


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